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제목: ソロモンの奉献祈祷(ほうけんきとう) -「最後(さいご)の結(むす)び (1)」- 1. 民(たみ)の罪(つみ)・過(あやま)ちを許(ゆる)し (50a) 2. 捕囚地(ほしゅうち)で憐(あわ)れみ (50b) 3. (バビロン)敵国(てきこく)の憐(あわ)れみ (50c) 일자: 2013년 9월 1일 강사: 吉田耕三(よしだ こうぞう) 牧師 성경본문: 列王記上(れつおうきじょう) 8:50-53 50 あなたの民(たみ)が、あなたに対(たい)して犯(おか)した罪(つみ)と、あなたに対(たい)して行(おこな)ったすべてのあやまちをゆるし、彼(かれ)らを捕(とら)えていった者(もの)の前(まえ)で、彼(かれ)らにあわれみを得(え)させ、その人々(ひとびと)が彼(かれ)らをあわれむようにしてください。 51 (彼(かれ)らはあなたがエジプトから、鉄(てつ)のかまどの中(なか)から導(みちび)き出(だ)されたあなたの民(たみ)、あなたの嗣業(しぎょう)であるからです)。 52 どうぞ、しもべの願(ねが)いと、あなたの民(たみ)イスラエルの願(ねが)いに、あなたの目(め)を開(ひら)き、すべてあなたに呼(よ)び求(もと)める時(とき)、彼(かれ)らの願(ねが)いをお聞(きき)ください。 53 あなたは彼(かれ)らを地(ち)のすべての民(たみ)のうちから区別(くべ)して、あなたの嗣業(しぎょう)とされたからです。主(しゅ)なる神(かみ)よ、あなたがわれわれの先祖(せんぞ)をエジプトから導(みちび)き出(だ)された時(とき)、モーセによって言(い)われたとおりです」 イエス様(さま)が御自分(ごじぶん)の父(ちち)なる神様(かみさま)を「神(かみ)よ。」なんておっしゃったことはあんまりないんです。 常(つね)に「父(ちち)よ。」、「お父様(とうさま)。父(ちち)よ。」とおっしゃったのが十字架上(じゅうじかじょう)で、あの七(なな)つの言葉(ことば)を語(かた)られた中(なか)でね、日本(にほん)では、十字架上(じゅうじかじょう)の七(なな)つの言葉(ことば)、長(なが)いですけれども、こちら、가상칠언(架上七言)とおっしゃるんです。 簡単(かんたん)ですね、韓国語(かんこくご)。 すかっと来(き)てますね。 十字架(じゅうじか)の、おー、上(じょう)の七(なな)つの言葉(ことば)、 가상칠언(架上七言)。 私(わたし)の発音(はつおん)がちょっと悪(わる)いんですけど、 これを今(いま) 、もし、 十字架上(じゅうじかじょう)、十字架上(じゅうじかじょう)の七(なな)つの言葉(ことば)。 日本(にほん)は、本当(ほんとう)に長々(ながなが)と言(い)いますね。 イエス様(さま) 예수님 御(ご) 한자어에 붙여서 존경을 나타냄 自分(ごじぶん) 자신 父(ちち)なる 아버지인 神様(かみさま) 하나님 神(かみ) 신 よ (부를 때 쓰는 말) …여 なんて …라고는, …라는, …따위 おっしゃる 말씀하시다 あんまり 과히(부정문에서) 常(つね)に 늘, 항상 お父様(とうさま) 아버님 十字架上(じゅうじかじょう) 십자가상 七(なな)つ 7개 言葉(ことば) 말 語(かた)る 말하다, 이야기하다 られる 존경의 조동사 中(なか)で 중에서 日本(にほん) 일본 で …에서 長(なが)い 길다, 긴 けれども …지만 こちら 이쪽 簡単(かんたん)です 간단합니다 韓国語(かんこくご) 한국어 すかっと 산뜻하게(세련되고 산뜻한 모양) 来(く)る 오다 十字架(じゅうじか) 십자가 十字架上(じゅうじかじょう)の七(なな)つの言葉(ことば) = 가상칠언(架上七言)。 私(わたし) 나 発音(はつおん) 발음 ちょっと 조금, 좀, 약간 悪(わる)い 나쁘다 これ 이것 今(いま) 지금 もし 만일 本当(ほんとう)に 정말로 長々(ながなが)と 길게, 장황하게 言(い)う 말하다 |